アイデアボックスの活用事例

「医工連携の典型」――メーカーが気づかなかったニーズを製品化し、患者の安全性を高める「e-アラート」

発表会・贈呈式の様子。左端が挨拶する杉原氏(信州メディカル産業振興会事務局長)

2020年1月14日に信州大学信州地域技術メディカル展開センター(CSMIT)で開催された「『ボンベ残量アラート装置』合同発表会・贈呈式」で、アイデアボックスを通じて製品化した「e-アラート」が正式に発表された。e-アラートは、信州大学教授で信州メディカル産業振興会の事務局長・杉原伸宏氏が「医工連携の代表的な、典型的な事例」と高く評価したように、ニーズ提供者、コーディネータ、シーズ企業が、医工連携のお手本のように見事に連携した結果生まれた製品と言える。e-アラートを通して、医工連携の現在と可能性を考える。

■e-アラートとは

e-アラートは、酸素ボンベの圧力が低下すると、音と光で発報する警報装置で、酸素残量がゼロになる医療事故を防ぐために開発された。発表会では、ニーズ提供者、開発企業、コーディネータなど関係者が一堂に会し、製品開発の経緯を語った。
ニーズ提供者である丸の内病院(長野県松本市)の臨床工学技士、吉澤光崇氏は、「酸素ボンベが空になる」が医療ガス関連の事故で最多を占めており、極めて深刻な問題になっていることを説明。「全国で1施設あたり年平均1.9件の医療ガス関連事故が発生しており、そのうち酸素ボンベが空になるのは23.9%と最多。死亡事故も発生しているし、死亡には至らなくてもサチュレーション(酸素飽和度)の低下など、患者の容態悪化が起きることも、大変大きな問題だ。私自身、空になってしまう現場に直面したこともある。医師、コ・メディカルの間では常に議論の的になる問題だった」とそのニーズについて解説する。
通常、酸素ボンベには圧力計がつけられ、酸素残量は現場の医療従事者が圧力と流量から計算しなければ分からない。酸素ボンベ残量の低下を知らせるシンプルな装置が、なぜ今までなかったのか。開発企業、ユタカ(本社・東京都大田区)の松本工場技術課係長の山崎正之氏は、「シンプルなだけに思いつかなかったのでは」と推測する。固定されたボンベに取り付ける電源タイプの似たような製品はあったが、患者の移動・搬送時にはもちろん使えない。しかし、「移動時使用」「電池稼働」の製品が必要だという発想さえ浮かばなかったという。

(写真左)ニーズを提供した吉澤光崇氏(臨床工学技士、丸の内病院) (写真右)発表会ではe-アラートのデモも行った。操作しているのが山崎氏(ユタカ、松本工場技術課係長)

■アイデアボックスが開発の起点に

このe-アラートの開発の起点となったのが、AMEDの医療機器開発支援ネットワークで運用している「医療機器アイデアボックス」だ。
アイデアボックスには、医療関係者が現場での困りごとや課題がニーズとしてアップされる。ニーズはその「広さ」=普遍性、「深さ」=重要性を審査された後に公開。そして、医工連携コーディネータがそのニーズを拾い上げ、シーズを持つ企業とマッチングし、開発へと進む。
吉澤氏がこのアイデアボックスにニーズを投稿したのは、2017年5月のこと。氏はもともと医療現場の課題を解決したいという思いを持っており、特に、酸素ボンベの残量ゼロのアラート装置は、この数年ずっと感じていた課題だった。「医工連携という言葉も普及し、現場からのニーズで製品が生まれる可能性を感じるようになっていたところだったため、『アイデアボックスならいけそうだ』と感じて投稿した」という。
このニーズをピックアップしたのが信州大学特任教授で医工連携コーディネータの櫻井和徳氏だ。氏は信州メディカル産業振興会のコーディネータも兼ねており、アイデアボックスで公開される長野県発のニーズに注目していたという。吉澤氏のニーズを見つけたときには、関連する技術を持つ企業からユタカを選び出しマッチングを行った。「このマッチングが良かったことが、製品化までこぎつけた理由だろう」と振り返る。

(写真左)医工連携コーディネータの櫻井氏 (写真右)e-アラート。ピンクが流量調整器で、e-アラートはうす緑の部分。ボンベと流量調整器の間に装着されている。在宅医療で主流のヨーク式、医療現場で多いネジ式に対応する2種類がラインアップされた。

■アイデアボックスのメリットとは何か。

アイデアボックスのメリットについて、吉澤氏は「製品化しよう、アイデアを形にしようと思えるようになったことだ」と指摘する。臨床工学技士の日常は多忙を極め、改善の必要性やニーズを感じることはあっても、形にしようと思う人はほとんどいない。「こんなものがあったらいいなという思いはあっても、ほとんどの技士が最初から諦めてしまっている。私もアイデアボックスがなければ、思っただけで終わっていただろう」。特に吉澤氏が強調するのは、アイデアボックスが、市中病院、小さなクリニックで仕事をするコ・メディカルに向いているのではないかということだ。「医療機器を開発する大きなメーカーは、小さな病院にまで目を配ることはあまりない。しかしアイデアボックスなら、私たちの声が企業に届けてくれる。コ・メディカルだったらやらない手はない」と話す。
コーディネータの櫻井氏にとっては、医工連携をサポートするアイデアボックスの仕組みが「非常にありがたい」という。「公開されるニーズについて、先行技術調査や市場規模の調査を済ませているのがすごい。このおかげで企業への提案もやりやすくなる」という。

贈呈式では、ニーズ提供者の吉澤氏が所属する丸の内病院に、e-アラート10台が贈呈された。左は丸の内病院院長の中土幸男氏、右はユタカ執行役員 技術担当部長の原田耕作氏。

■医工連携の未来、アイデアボックスのこれから

発表会では、今後さらに医療の在宅化が進み、e-アラートのような医工連携がますます求められるようになるだろうといった予測も語られた。在宅介護の観点からe-アラートの開発に協力した信州大学医学部新生児学・療育学講座特任助教の亀井智泉氏は、在宅医療が進むと人手不足などの課題が生じる可能性があるが、「それを補うのが医工連携」と期待を語る。「人や制度で対応しきれない不足も生じるが、医工連携はその不足を補う『モノ』を開発してくれると期待している」。
また、その時に役立つのがアイデアボックスのようなマッチングサイトだとも話す。「医工連携で重要なのは、患者に寄り添った現場の声。それを医師や看護師、臨床工学技士、検査技師といった医療従事者の皆さんを通し、ニーズとして集められるアイデアボックスの機能は、この先さらに求められることになるのではないか」。e-アラートは、臨床工学技士が現場で気づいたニーズから、地域の企業、自治体を巻き込み、患者の安心安全を高める製品に仕上がった。「医工連携の典型」と評価されるのはそのためだ。今後もアイデアボックスから、e-アラートのような製品の開発が生まれることに期待したい。

左端が開発に協力した亀井氏(信州大学医学部新生児学・療育学講座特任助教)。右側は、在宅医療の当事者として開発に協力した久保田氏のご一家。この日e-アラートが1台贈呈された。